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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2021/031234567891011121314151617181920212223242526272829302021/05

羊神社。[安中市]

当時の多野郡吉井町にある(今は高崎市)
「多胡碑」を拝見したのが2008年。
その時から気になっていた神社さんです、「羊神社」。
in 安中市。


羊神社。[安中市] 羊神社。[安中市]

狛犬クンじゃないんですね、やっぱり。



羊神社。[安中市]

=== 案内板より ===
羊神社 御由緒
【鎮座地】 群馬県安中市中野谷1751番地
【御祭神】 天児屋根命 多胡羊太夫藤原宗勝公
【境内社】 「多胡宮羊太夫宗勝神像位」碑
【境内社】 絹笠神社 御祭神 保食命
【境内社】 三峯神社 御祭神 伊弉諾尊・伊弉冉尊
【境内社】 道祖神 御祭神 猿田彦大神
【御鎮座】 江戸時代 延宝年間(1673年~1681年)
【例祭日】 春祭 3月15日  秋祭 10月15日
【由 緒】
縁起書によれば、御祭神、多胡羊太夫藤原宗勝公(通称・羊太夫)は
天児屋根命を祖神とする藤原鎌足公の後胤とされ、
上野国(群馬県)で未の年、未の日、未の刻に生まれたので「羊太夫」と命名された。
御幼少の頃から羊太夫は智勇猛に秀で、類い希なる能力の持ち主であられた。
やがて公卿となられてからは、上野国と奈良の都を頻繁に行き来すると共に、
銅山の開発、養蚕製糸機織りを盛んにするなど様々な日本の産業の礎を築かれた。



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簗瀬城跡。[安中市]

簗瀬二子塚古墳から少しの所です。
簗瀬城跡」にやって参りました。



簗瀬城跡。[安中市] 簗瀬城跡。[安中市]
(写真はクリックで大きくなります。)

本郭と云われる場所には「城山稲荷神社」が建っています。



簗瀬城跡。[安中市]

簗瀬城跡。[安中市] 簗瀬城跡。[安中市]

「拝殿」。



簗瀬城跡。[安中市]

「本殿」は覆屋の中です。



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簗瀬二子塚古墳 ガイダンス棟。[安中市]

安中市です。
簗瀬二子塚古墳」に来ています。

古墳本体を見学した後は、「ガイダンス棟」へ参りましょう。
簗瀬二子塚古墳のことが、より詳しく理解出来る、
至れり尽くせりのミニ資料館です。


簗瀬二子塚古墳 ガイダンス棟。[安中市] 簗瀬二子塚古墳 ガイダンス棟。[安中市] 簗瀬二子塚古墳 ガイダンス棟。[安中市]
(写真はクリックで大きくなります。)

保存整備前全景 → 竹・雑木伐採後全景 → 保存整備完了全景



=== 案内板より ===
簗瀬二子塚古墳
指定種類 : 国指定史跡
所在地 : 安中市簗瀬756番地1他
指定年月日 : 平成30年10月15日
立地
安中市街地の南西方、
碓井川の左岸の中位段丘(原市・安中台地)の縁辺部に位置しています。
古墳付近の標高は約215メートルを測ります。


概要
簗瀬二子塚古墳は、安中市域に初めて登場した大型前方後円墳で、
古墳時代後期初頭(6世紀初頭)に築造されたと考えられます。
この地域一帯を支配した有力者の墓と推測されています。
また古墳の埋葬部分は、横穴式の石室が作られています。
この横穴式石室は、上野地域さらには東国において、
石室が竪穴式から横穴式へと移る最初の頃のものと考えられ、
学術的にとても貴重な古墳です。


墳丘及び外部施設
墳丘は、主軸をほぼ東西(正確にはN-113°-W)に取った
二段筑成の前方後円墳です。
墳丘には上下段とも法面に葺石が張られていました。
下段墳丘の全長は80メートル、後円部径48メートル、前方部前幅63メートル、
上段墳丘の全長60メートル、後円部径32メートル、
前方部前幅約35メートルを計ります。
云々。。。



簗瀬二子塚古墳 ガイダンス棟。[安中市]

墳丘の基壇面上及び頂上部からは埴輪列が確認されています。
墳丘の周囲には盾形の周掘がめぐらされ、その周囲を周堤がめぐり、
その外側に周堤を画するように小規模な溝がめぐっていました。
墳丘外の周掘は一重で、盾形を呈しています。
周掘の外側には周堤が作られ、
さらにその外側に周堤を区画する外周溝が確認されています。
外周溝が全周したと考えると、古墳全体の規模は全長約130メートル、
全幅は約110メートルとなると推測されます。
また基壇面上や周掘の内からは大量の埴輪が出土しています。
この他、後円部頂上に二子塚古墳の発掘の経緯等が記された石碑が、
小森谷啓作氏によって立てられています。
云々。。。



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簗瀬二子塚古墳。[安中市]

「簗瀬八幡平の首塚」に続いてやって参りました、
簗瀬二子塚古墳」であります。

こちらは、安中市にも大きな古墳があるそうですょー、と、
以前よりチェックしていた古墳であります。
石室の壁が赤く染められているのだとか。。。

さっそく参りましょう。



簗瀬二子塚古墳。[安中市]
簗瀬二子塚古墳。[安中市]
簗瀬二子塚古墳。[安中市]

=== 案内板より ===
簗瀬二子塚古墳
◆概要
簗瀬二子塚古墳は、安中市域に初めて登場した大型前方後円墳で、
古墳時代後期初頭(6世紀初頭)に築造されたと考えられています。
この地域一帯を支配した有力者の墓と推測されます。
また古墳の埋葬部分は横穴式の石室が作られています。
この横穴式石室は、上野地域さらには東国において、
石室が竪穴式から横穴式へと移る最初の頃のものと考えられ、
学術的にもとても重要な古墳です。



簗瀬二子塚古墳。[安中市]
簗瀬二子塚古墳。[安中市]
簗瀬二子塚古墳。[安中市]

◆規模
2段築造の前方後円墳で全長約80メートル、後円部径約50メートル・
高さ約8メートル、前方部幅約60メートル・高さ約7メートル、
上野地域の古墳時代後期初頭(6世紀初頭)最大級の古墳です。



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簗瀬八幡平の首塚。[安中市]

夏です。

今日もやって参りました、古墳であります。
と、その前に、お目当ての古墳近くにあったこちらから。
簗瀬八幡平の首塚」であります。

なにやらたくさんの頭蓋骨が納められている遺跡と聞きましたが、
正面の建物がそうですね。。。



簗瀬八幡平の首塚。[安中市]

近くに建つ大きな「供養塔」と、



簗瀬八幡平の首塚。[安中市]

小さな「石祠」。


=== 案内板より ===
簗瀬八幡平の首塚
この首塚は、碓氷川北岸の河岸段丘上に位置する
旧原市町12号墳(円墳)の墳丘に幅1メートル、長さ2メートルの穴を掘り、
そこにおよそ150体分の頭蓋骨を埋めてあったものである。

この首塚は、昭和6年3月10日に墓参りにきた小学生によって偶然発見された。
その後、昭和27年12月に東京大学人類学教室鈴木尚博士によって調査された。
調査の結果、古墳の石室の外側に約150個分に相当する頭骨が山と積まれ、
その上を天明3年(1783)の火山灰がおおっていることがわかった。



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