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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2021/031234567891011121314151617181920212223242526272829302021/05

島根~、萩・石見空港。

夕方の「萩・石見空港」です。
羽田まで1日2便しか出ていないので、
少々不便かな?、と思ったのですが、こちらに来てみれば
ご馳走、テンコ盛りでしたっ。

到着した晩、かすりさんでの会食から始まって、
高津柿本神社戸田柿本神社観音岩

田吾作さんで昼食をとり、医光寺萬福寺染羽天石勝神社
そして中須東原遺跡と、攻めまくりました(汗、、、


[島根、萩・石見空港にて。[島根県益田市]]の続きを読む
益田市・中須東原遺跡。

事前にチェックしていた史跡です。
中須東原遺跡」。
全国でも珍しい港町の遺跡です★

先に見学している地元の方がいらっしゃいました。
in 島根県益田市。


=== 案内板より ===
国史跡 中須東原遺跡
中須東原遺跡は、益田川の河口域で発見された中世の港湾遺跡です。
発掘調査によって、礫を敷き詰めた舟着場(荷揚げ場)跡や、砂利敷及び
溝状の道路で区画された街区など港町を構成する遺構が
良好な状態で発見されました。周辺に残る砂丘等の景観などもあわさって、
全国的にも稀な中世港湾集落の様相をよく留め、当時の姿を今に伝える
貴重な遺跡として、国の史跡に指定されました。

益田氏の勢力伸長と連動するように最盛期を迎える中須の湊町については、
「益田家文書」などの文献資料からの検討も加わり、海洋領主的な性格を持つ
益田氏の交易・流通実態の解明が進められています。


[中須東原遺跡。[島根県益田市]]の続きを読む
染羽天石勝神社。[益田市]

益田市にある延喜式内社、
染羽天石勝神社(そめばあめのいわかつ)」にやって参りました。
この地を開いた春日族が、磐神を祀ったのが始まりと云われる古社です。
「手水舎」でお清めし、ささ、参りましょう。


染羽天石勝神社。[益田市]

=== 案内板より ===
染羽天石勝神社(そめばあめのいわかつじんじゃ)本殿
染羽天石勝神社は、社殿の東側、弁天池の背後にある注連岩を石神とした
自然崇拝を起源とし、神亀2年(725)に天石勝命を祭神として創建されました。

『延書式』に美濃郡五座のひとつとしてその名がみえ、
後に滝蔵権現と呼ばれるようになりました。
承平元年(931)に社殿西側の高台に別当寺の勝達寺を建立し、
中世には益田氏の庇を受けて発展しました。
明治の廃仏毀釈に伴い勝達寺は廃寺となり、
神社も名を染羽天石勝神社と改めました。
なお、勝達寺の本尊であった不動明王坐像は鎌倉の極楽寺に現存し、
国の重要文化財に指定されています。


染羽天石勝神社。[益田市]

本殿は、天正9年(1581)に火災で焼失しましたが、
益田藤兼・元祥親子により再建されました。
その後、江戸時代に修理され、昭和12年に解体修理、
昭和39年及び平成10年・11年に屋根の葺き替え工事が行われています。

本殿は三間社流造で、三間×三間の身舎(もや)の前に
奥行一間の吹放し板張りの庇床を設け、両側のみに高欄付きの縁をもちます。
このような構造は、重要文化財指定の建造物の中では唯一のものです。

本殿の特異な平面構成と装飾彫刻の蟇股や
手挟に見られる桃山時代の特色から、昭和4年に国宝となり、戦後、
文化財保護法の制定に伴い、改めて重要文化財に指定されました。
云々。。。


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島根県益田市の萬福寺。

益田市には、なんとっ、
雪舟さんの作られた庭園が2つもあるんですっ。
一つは前回の医光寺、そしてもう一つはこちらの「萬福寺」です。


=== 案内板より ===
萬福寺本堂(国指定重要文化財)
応安7年(1374)建立

益田七尾城11代城主、益田兼見(ますだかねはる)公により建立された。
寺領31石を与えられ、益田家の香華院(菩提寺)とされた。
鎌倉様式。七間四面、九重造りの単層建築である。
云々。。。


島根県益田市の萬福寺。

===
雪舟(せっしゅう) (1420~1506)
日本水墨画の完成者で画聖ともたたえられる。
ウィーンの世界平和評議会で「世界十大文化人」に選ばれた
唯一の日本人である。
「四季山水図巻(山水長巻)」「秋冬山水図」「破墨(はぼく)山水図」
「天橋立図」「山水図」「恵可断臂図(えかだんぴず)」が国宝に指定されている。
また、国指定されている庭園には当寺のほかに、
常栄寺(山口市)医光寺(益田市)亀石坊(福岡県)常徳寺(山口県)の石庭がある。
云々。。。


島根県益田市の萬福寺。


島根県益田市の萬福寺。

===
萬福寺庭園(国指定史跡名勝) 室町時代
雪舟禅師によって作られた寺院様式の庭園である。
須弥山世界(仏教の世界観)を象徴した石庭で、曼荼羅
(悟りの境地を表現したもの)さえ連想させる。
雪舟の墨絵に似通う趣も感じられる。
云々。。。


う~ん、綺麗な庭です。。。


[萬福寺。[島根県益田市]]の続きを読む
益田市・医光寺。

益田市の「医光寺」です。
雪舟さんが作られたという、
国史跡にも指定されている庭園が拝見できるということでやって参りました。

先ずは、正面に建つ「総門」であります。


益田市・医光寺。

=== 案内板より ===
医光寺総門
高麗門形式の門で、屋根は切妻造り、本瓦葺、中央を高くし、
両側を一段低くした構造になっています。

この門は、慶長5年(1600)の関ケ原の戦いの後、
益田氏20代元祥の長門国須佐への移住に伴い
廃城となった七尾城の大手門を移築したものと伝えられています。
七尾城の大手(城の正面)は、医光寺から向かいの南側に見える
七尾城山の中央の谷あいと考えられています。
南北朝時代には当時の大手口「北尾崎木戸」で三隅方との合戦があったことが
益田家文書に残っています。


益田市・医光寺。

17世紀後半に屋根を改めたといわれ、
前面の都市計画道路中島染羽線の整備に伴い、平成4年度に
本堂から中門の延長線上に若干位置を移動し、解体修理が行われました。


益田市・医光寺。

構造、意匠とも簡素ですが、本柱、冠木ともに太く、
戦国時代末期の豪壮な城門の姿を残す貴重な建造物です。
云々。。。


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