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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2021/031234567891011121314151617181920212223242526272829302021/05

谷津館跡。[桐生市]

桐生市新里町です。
桃井塚に続いてやって参りました、「谷津館跡」です。



谷津館跡。[桐生市]

周囲を土塁が巡っています。

谷津館跡は、新田氏の流れをくむ藪塚氏の居館です。
案内が見当たらなかったので詳しいことは分かりません(汗、、、



谷津館跡。[桐生市]

土塁から館があったろう場所を覗き込んでみると。。。
すっかり竹藪になっていました。



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桃井塚。[桐生市]

桐生市の新里町です。
桃井塚」にやって参りました。

新田義貞さん繋がりの史跡であります。



桃井塚。[桐生市]

義貞さんの家臣であった桃井次郎尚常さんは、
戦死した義貞さんの首級を秘かに持ち帰り善昌寺へ届けます。
そしてここで自害したという云われの地、「桃井塚」。

石仏さまやいろいろ建ち並んでいます。。。



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大谷休泊の墓。[館林市]

館林の多々良沼東側にある「彫刻の小径」。
いろいろな彫刻作品を楽しめる遊歩道です。
ここの末林は江戸時代に防風林として植林されたものなのだそう。



大谷休泊の墓。[館林市]

この辺り一帯は利根川がつくり出した「内陸古砂丘」です。
多々良沼周辺の製鉄に使われた砂鉄が採れた場所ですね。

多々良製鉄と聞くと、もののけ姫を思い出しますねー。
興味シンシン。。。



大谷休泊の墓。[館林市]

そしてこちら。
彫刻の小径から少し行ったところにあります。
大谷休泊の墓」です。



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樺崎八幡宮と樺崎寺。[足利市]

足利市にある国指定史跡「樺崎寺跡」にやって参りました。
こちらは境内にある「樺崎八幡宮」です。


=== 案内板より ===
樺崎八幡宮・史跡樺崎寺跡
足利義兼は、文治5年(1189年)、奥州合戦の戦勝祈願のため、
理真上人を開山として、この地に樺崎寺を創建しました。
樺崎八幡宮は、正治元年(1199年)に当地で入寂した義兼を、
子の義氏が八幡神とともに合祀したことに由来します。
以降、樺崎寺は足利氏の氏寺である鑁阿寺の奥の院、そして一族の廟所として
崇敬を集めますが、明治初めの神仏分離令により廃寺となります。
樺崎八幡宮も含めたこの遺跡は、足利氏ゆかりの遺産として大変貴重です。
云々。。。



樺崎八幡宮と樺崎寺。[足利市]

本殿脇にある「赤御堂跡の石段」。

===
赤御堂跡の石段
発掘調査では樺崎八幡宮本殿のすぐ北側で、
義兼がまつられた赤御堂へ上がるための石段が発見されました。
当時は石段の正面にお堂が建てられていたことが推定されます。
義兼は赤御堂のかたわらで生入定したとされ、
本殿床下には義兼の墓標が立てられています。
云々。。。



樺崎八幡宮と樺崎寺。[足利市]

足利義兼公入定の地の案内。
墓標が建っています。



樺崎八幡宮と樺崎寺。[足利市]

神社の前には、樺崎寺の発掘調査の後に復元整備された
浄土式庭園が広がります。



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光得寺。[足利市]

出世稲荷神社からすぐです、
光得寺」にやって参りました。
in 足利市。

ずいぶん前に、運慶作と伝わる大日如来座像が発見されたことで
一躍有名になったお寺さんです。


=== 案内板より ====
臨済宗 菅田山 光得寺
寺伝によれば、開山は、鑁阿上人勅諡赤御堂八幡大菩薩(足利義兼公)、
開基は、光得寺殿正義大禅定門(足利義氏公)である。
寺内にある厨子入大日如来座像、五輪塔、寺外墓地地蔵堂の黒衣地蔵は、
開山、開基、足利氏、及び樺崎八幡宮、法界寺に縁のものであるが、
明治時代に当寺に移されたと考えられている。
現在の臨済宗の法系は、元禄年間の中興霊室慧苗和尚以降
伝わったと思われる。
詳細については、明治元年の火災等により古文書を焼失しているため
不明である。



光得寺。[足利市]

というわけで、今回のお目当てはこちらです。
光得寺 五輪塔群」。



光得寺。[足利市]

覆屋の中に19基の五輪塔が保存されています。


===
光得寺五輪塔 19基
これら五輪塔群は、足利氏歴代と足利氏の重臣高氏の供養塔です。
もともと足利氏の廟所である樺崎寺にまつられていましたが、
明治初期の神仏分離令に伴い、法縁のある光得寺に移設されました。



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