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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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蕎遊子。[長野県軽井沢町]

軽井沢です。

十割そばの暖簾にひかれて入店です★
蕎遊子」さん。


蕎遊子。[長野県軽井沢町]

2種類のお蕎麦がいただける「重ね」をお願いしました。


蕎遊子。[長野県軽井沢町]

こちらは冷奴にフキ味噌。
ドライバーなのでお酒はガマンですっ。


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草軽電鉄 電気機関車。[長野県軽井沢町]

ノスタルジックで、とても雰囲気のある建物は「しなの鉄道軽井沢駅」。

こちらの駅の前に展示されているが、
〝カブトムシ〟の愛称で親しまれた、草軽電鉄の「電気機関車」です。


草軽電鉄 電気機関車。[長野県軽井沢町]
草軽電鉄 電気機関車。[長野県軽井沢町]

=== 案内板より ===
草軽電鉄電気機関車
この機関車はデキ12形機関車といいアメリカのジェフェリー社で
大正9年に製作したハンドブレーキ常用、非常用電気ブレーキ付きという
鉱山用のトロッコを改造したものである。


草軽電鉄 電気機関車。[長野県軽井沢町]

大正4年7月より草軽軽便鉄道営業を開始、大正15年軽井沢~草津間
(55.5キロ)の電化が完成してから、昭和37年1月31日路線を廃止するまでの
約35年の間、地元民の足として、また、旅行者・避暑客の良き案内人として
親しまれた電気機関車である。


草軽電鉄 電気機関車。[長野県軽井沢町]

南側の一対の車輪は、同機関車が牽引した客車の車輪である。
云々。。。


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やきとり ゆかり。[千曲市*戸倉上山田温泉]

長野県千曲市の「戸倉上山田温泉」。
やきとり ゆかり」さんにお邪魔しています。


やきとり ゆかり。[千曲市*戸倉上山田温泉]

お通しは「キンピラ」と「なます」。


やきとり ゆかり。[千曲市*戸倉上山田温泉]

「シーザーサラダ」。


やきとり ゆかり。[千曲市*戸倉上山田温泉]

「カツオの酒盗」。


[やきとり ゆかり。May. 2019 [千曲市*戸倉上山田温泉]]の続きを読む
田町十王堂。[長野県埴科郡坂城町]

長野県埴科郡坂城町です。
〝村上義清公墓所〟を訪ねたら、小さなお堂がありました。

田町十王堂」であります。


=== 案内板より ===
田町十王堂(閻魔堂)
閻魔堂とも呼ばれている田町十王堂。十王とは人の死後、初七日から
三周忌までの間に冥途の十人の王が十回の裁判をして、
来世の行先を決めるという、十王信仰に由来するものです。

これは、中国の道教の影響によるもので、十王のうち怒った顔で有名な
閻魔王の本当の姿が地蔵菩薩であることから、その信仰が盛んになるにつれて、
閻魔王が十王の中心になったといわれています。


田町十王堂。[長野県埴科郡坂城町]

生前に十王にお参りすると、死後の裁判のとき手心を加えてくれるとされ、
信仰は人々の間に広まり江戸時代は各村落に十王堂が設けられていました。
十王の祭りは正月と盆の16日、つまり薮入りの日で閻魔の斎日とよばれていました。
田町の祭りは盆(8月16日)のみですが、
地域住民により現在も賑やかに引き継がれています。

明治初年、新政府の廃仏毀釈政策で檀家のない十王堂はすべて廃されました。
そのころ田町の堂は、火災にみまわれましたが、諸像は運び出されて無事でした。
庶民の十王に対する信仰は根強く、地区の公会堂を設けたときに、
十王像などを安置し、やがて祭りも復活しました。
地獄の沙汰も金次第といわれますが、人々にとって、
来世で地獄に落されることは最大の恐怖だったのです。
田町十王堂は、近隣の十王堂が廃されたことから多くの参詣客を集め、
当地でもっとも人出の多い祭りといわれました。
また十王堂は遊郭の少女達の教育の場としても使われ、
出浦氏の墓地にあったお堂を利用して祀られたと考えられています。

十人の裁判官と本地仏
忌日    十王    本地仏
初七日  泰広王   不動明王
二七日  初江王   釈迦如来
三七日  宋帝王   文殊菩薩
四七日  五官王   普賢菩薩
五七日  閻羅(魔)王 地蔵菩薩
六七日  変成王   弥勒菩薩
七七日(四十九日) 太山王  薬師如来
百ヵ日   平等王   観世音菩薩
一周年  都市王   大勢至菩薩
三周年  五道転輪王  阿彌陀如来
云々。。。


田町十王堂。[長野県埴科郡坂城町]

で、
十王堂の脇を通った奥に。。。


[田町十王堂と村上義清公墓所。[長野県埴科郡坂城町]]の続きを読む
坂城神社。[長野県埴科郡坂城町]

長野県埴科郡坂城町にある「坂城神社」です。


坂城神社。[長野県埴科郡坂城町]

坂城神社。[長野県埴科郡坂城町]

「参道」と「鳥居」。


坂城神社。[長野県埴科郡坂城町] 坂城神社。[長野県埴科郡坂城町]

1つ目の「狛犬」クン。


坂城神社。[長野県埴科郡坂城町]

2つ目の「狛犬」クン。


=== 案内板より ===
坂城町指定文化財
坂城神社狛犬 一対

天和2年(1682)石川市左衛門義孝奉納の銘が刻まれている。
寄進者は、天和2年(1682)~元禄16年(1703)までの22年間坂木に陣屋をおいていた
坂木藩板倉氏の家臣である。
この狛犬は、当地方を板倉氏が領地としていたことを証するものである。


坂城神社。[長野県埴科郡坂城町]

狛犬の容姿は、板状台付一石彫成、全体小形であるが、胴はよくしまり、
胸の張りも広く、引き締まった姿をしている。
頭の後ろに処理されている巻毛の作りも丁寧である。
獅子の独特な面相をもち、前方をにらんで神社を守護する風格がある。
造形的にみて、中世の面影が認められる。
製作は江戸時代中期頃で、町内の石造物としての狛犬では、古い方になる。
石質は、中粒灰色砂岩である。
云々。。。


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