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中野陣屋跡。

「高梨館跡」に続いてやって参りました。
中野陣屋跡」であります★
陣屋から引き続き、県庁としても使用された歴史的な建物。


中野陣屋跡。

=== 案内板より ===
中野県庁跡(中野陣屋跡)
幕府領中野陣屋(代官などの支配地における役宅や屋敷)があった所。
陣屋がここに置かれたのは、織田信長死後の上杉陣屋を初めとすると伝えている。
陣屋が置かれたことが確実となるのは、元和2年(1616)幕府代官陣屋以降である。

中野陣屋は、慶応4年(1868)3月天朝御料尾州取締所、同年8月
伊那県中野分局として、明治3年9月からは中野県庁として使われた。
ところが同年12月の中野騒動で焼失し、中野町の嘆願にもかかわらず
再建されず、長野へ県庁が移った。


中野陣屋跡。

県庁としてはわずか10ヶ月の命であった。

今では石垣・陣屋井戸・陣屋稲荷が当時の名残をとどめている。
云々。。。


中野陣屋跡。

=== 展示パネルより ===
天領の成立と陣屋の創設
慶長8年(1603)、徳川氏は江戸に幕府をひらき、そののち260年という長期にわたり
政権を存続させた。その財政を支えたのは、徳川氏が全国各地に設置した
天領(将軍の蔵入地)からの年貢などであった。

中野地方に天領が設けられるのは、寛永元年(1624)からである。
このとき金井村と西条村(ともに現中野市)に天領陣屋が置かれた。
中野村は慶安3年(1650)から天領となり、ここにも陣屋が置かれた。

このように江戸時代の早いころには金井、西条、中野の三か村に
天領陣屋が並存する時期があった。
云々。。。


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